2020年5月20日付で特許侵害による損害賠償算定方法の改正を骨子とする特許法の一部改正案が国会で可決され、6月9日に公布された。日本特許法の第102条と同様に、韓国特許法でも特許侵害による損害額の算定方法について特別規定(特許法第128条)を設けている。現行特許法第128条第2項は、特許侵害がなければ特許権者が得ることができた利益<いわゆる「逸失利益」であり、具体的には(侵害品の譲渡数量)×(特許権者製品の単位数量当たりの利益額)で算出>を損害額とすることができるように規定している。ところが、このような損害額は「特許権者の生産能力の範囲内」でのみ認められるという限界があった(現行特許法第128条第3項)。
韓国で 大企業による特許侵害の被害を被る中小企業、スタートアップが少なくなく、このような中小企業、スタートアップの生産能力が低い場合が多いため特許侵害時の損害賠償額が低過ぎるという批判があり、特に「特許権者の生産能力の範囲内」という限界を設けていることが、逸失利益に基づく損害賠償額が低く算定されるようになる理由の一つとして目されてきた。こうした背景から議員立法当初の改正案では特許権者の生産能力を問わず侵害者が得た利益額を全額返還するだけでなく侵害者の利益額に関する立証の責任まで侵害者に負わせるなど非常にアグレッシブな内容であった。その後、国会の委員会での審査段階を経て最終的には、特許権者の生産能力の範囲を超えた販売数量に対しても、合理的実施料相当額程度の損害賠償請求が可能なように改正された(特許法第128条第2項の修正及び第3項削除)。参考までに、2020年4月1日から施行された日本改正特許法第102条第1項によると、(i)特許権者の実施能力の範囲内では(侵害品の譲渡数量)×(特許権者製品の単位数量当たりの利益額)、(ii)特許権者の実施能力を超える範囲では実施料相当額の合計額を損害額とすることができるようになったところ、今回改正された韓国特許法第128条第2項も事実上、これと同一の規定になったものと思われる。
韓国旧特許法の下でも、下級審の判例(ソウル地方法院南部支院2003年2月7日付言渡2001ガ合8692判決)の中には、特許権者の生産能力の範囲内では(侵害品の譲渡数量)×(特許権者製品の単位数量当たりの利益額)を損害額として算定すると共に、さらに特許権者の生産能力を超えた販売数量に対しても通常の実施料相当額を損害額として合算した事例があった。今回の特許法改正を通じて上述したような損害額算定方法が法文に明示されることで、より一貫した損害賠償額算定の実務が定着し、結果的に特許権者がより手厚く保護されるようになった。なお、実用新案法は損害賠償額算定に関する特許法第128条を準用しているため(実用新案法第30条)、今回の改正事項は実用新案権侵害による損害賠償額算定にも適用される。
本改正特許法は、2020年12月10日から施行される予定で、経過規定によると、本改正法施行日以後に特許権侵害による損害賠償が請求された事件に適用される。
今回改正された新・旧条文の対比表は、下記の通り。
旧特許法 |
改正特許法 |
(参考) 日本特許法 |
第128条(損害賠償請求権等) ①特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し侵害により受けた損害の賠償を請求することができる。
②第1項により損害賠償を請求する場合、その権利を侵害した者がその侵害行為を組成した物を譲渡したときは、その物の譲渡数量に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた金額を特許権者又は専用実施権者が受けた損害額とすることができる。
③第2項により損害額を算定する場合、損害額は特許権者又は専用実施権者が生産することができた物の数量から実際に販売した物の数量を差し引いた数量に単位数量当たりの利益額を乗じた金額を限度とする。ただし、特許権者又は専用実施権者が侵害行為以外の事由で販売できなかった事情があるときは、その侵害行為以外の事由で販売できなかった数量による金額を差し引かなければならない。
④ ~ ⑨ (省略) |
第128条(損害賠償請求権等) ①(現行通り)
② 第1項により損害賠償を請求する場合、その権利を侵害した者がその侵害行為を組成した物を譲渡したときは、次の各号に該当する金額の合計額を特許権者又は専用実施権者が受けた損害額とすることができる。
1. その物の譲渡数量中、特許権者又は専用実施権者が生産できた物の数量から実際に販売した物の数量を差し引いた数量を超えない数量(特許権者又は専用実施権者がその侵害行為以外の事由で販売できなかった事情があれば、その侵害行為以外の事由で販売できなかった数量を差し引いた数量)に特許権者又は専用実施権者がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた金額
2. その物の譲渡数量中、特許権者又は専用実施権者が生産することができた物の数量から実際に販売した物の数量を差し引いた数量を超える数量又はその侵害行為以外の事由で販売することができなかった数量がある場合(特許権者又は専用実施権者がその特許権者の特許権に対する専用実施権の設定、通常実施権の許諾又はその専用実施権者の専用実施権に対する通常実施権の許諾をすることができたと認められない場合を除く)には、これら数量に対して特許発明の実施に対して合理的に受けることができる金額
③ <削除>
④ ~ ⑨(現行通り) |
第102条 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。
一 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の特許権又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(同号において「実施相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額
二 譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合(特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額
(以下省略) |