特許法院は、使用者が従業員から継承した職務発明について使用者が他社とのクロスライセンス契約を締結した事案において、当該クロスライセンス契約の締結過程やその契約内容などに照らしてみたとき、使用者が他社から受領した金銭は契約当事者が自身の特許発明を相手側に実施できるようにした代価として得ることになる利益であるから、実施料またはそれに準ずるものとして従業員の職務発明補償金算定に考慮することが妥当であると判示した(特許法院2021. 11. 25. 言渡し2020ナ1650判決)。
事実関係
1.原告は、1995年8月から電池関連製品を製造する法人である被告の従業員としてエネルギー研究所と電池作業チームでリチウムイオンポリマー電池の研究および開発業務に従事しており、被告の電池作業チーム所属時にリチウムイオンポリマー電池の開発業務に着手して、1998年頃、職務発明として「電解液の漏出を防止できるリチウムイオンポリマー電池の密封構造」に関する第1発明および「2次電池のタブとケースの接合構造」に関する第2発明を完成させた後、その頃原告の使用者であった被告に、本件各発明に関する特許および実用新案を受ける権利を譲渡して2000年7月に退社した。被告は1998年に第1発明については特許出願をし、第2発明については実用新案出願をし、各出願は2000年9月および11月にそれぞれ登録された。
2.被告は2000年10月頃から第1発明および第2発明を実施し、韓国、中国、ベトナム、マレーシアなどで直接リチウムイオンポリマー電池を生産してこれを販売してきた。
3.また、被告は2004年8月に日本のF社との間で、第1発明および第2発明を含むリチウムイオンポリマー電池などに関連して被告およびF社が保有しまたは保有することになる特許権、実用新案権について包括的に相互実施を許諾することを主な内容とするクロスライセンス契約を締結した。本契約でクロスライセンスは全世界を範囲とし、実施料は無償であった。また、本契約では、各当事者の特許に対する契約締結前の侵害行為、または侵害主張に対する相手側の責任を免除する条項を設けており、こうした責任免除の代価としてF社は被告にUSD 500,000を支払う旨を約定した。
4.原告は、被告の自己実施による職務発明補償金に加えて、F社とのクロスライセンス契約による経済的利益額について使用許諾による職務発明補償金の支払いを請求する訴えを提起し、第一審法院は被告の自己実施および使用許諾による職務発明補償金請求権を認めて原告の請求を一部認容した。
5.これに対し原告は特許法院に控訴し、被告の自己実施による職務発明補償金と共に、使用許諾による職務発明補償金としてF社とのクロスライセンス契約による経済的利益額、および被告が20年間にF社の円筒形電池関連特許を実施することで得た利益に関する職務発明補償金の支払いを請求した。
特許法院の判断
特許法院は、職務発明補償金請求権の認定の判断と被告の自己実施による職務発明補償金に関する判断をすると同時に、使用許諾による職務発明補償金に関連して、クロスライセンス契約において既存の特許侵害行為または侵害主張に対する相手側の責任免除の代価として被告が支払われた金銭は実施料またはそれに準ずるものであるため、従業員の職務発明補償金算定に考慮することが妥当であると判断し、次の通り職務発明補償金の算定に関する判断法理を提示した。
1. 職務発明補償金の算定方法
(1) 旧特許法第40条第2項の規定によると、職務発明補償額を算定する場合において一般的に考慮すべき要素は、①使用者が得る利益、②使用者貢献度(= 1-従業員貢献度)、③共同発明者の寄与率といえる。一方、使用者は職務発明を継承しなくても特許権について無償の通常実施権を有するため、「使用者が得る利益」は通常実施権を超えて、職務発明を独占的・排他的に実施することができる地位を取得することで得る利益を意味し、これは収益・費用の精算結果と関係なしに職務発明自体による利益がある場合、使用者が得る利益があるといえるものである。
(2) 使用者が第三者に職務発明の実施許諾をして実施料などの収入を得た場合には、その収入はまさに特許という独占権を従業員から継承してはじめて発生した利益ということができ、これは従業員から特許を継承しなかった場合に使用者が有する通常実施権のみによっては何ら得ることができないものであって、特別な事情がない限り、こうした実施料などの収入は職務発明による独占的利益に該当するといえるため、これも使用者利益額に算定することが妥当である。したがって、使用者が第三者に職務発明の実施を許諾した場合、それによって発生した実施料などの収入は職務発明に基づいて使用者が得た超過収入に該当するため、職務発明補償金は実施料などの代価に職務発明が寄与した程度などを掛ける方法により算定することができ、これに基づく補償金の計算式は次のとおりである。
実施許諾の場合の職務発明補償金
=①使用者の利益(実施料など×職務発明寄与度) ×②従業員(発明者)の貢献度(= 1-使用者貢献度) ×③共同発明者間での原告の寄与率
2. 本件クロスライセンス契約関連の職務発明補償金の認定
(1) 本件クロスライセンス契約で被告が支払いを受けたUSD 500,000の部分
(i)本件クロスライセンス契約自体は、F社が被告に対し先に特許権の侵害を主張し、それに対応して被告もF社に対し本件各発明の特許権ないし実用新案権侵害を主張することにより、かかる紛争を円満に解決するために締結されたと見られる。
(ii)本件クロスライセンス契約の主な内容は、第1発明および第2発明を含み、F社および被告がリチウムイオン2次電池に関連して保有しまたは保有することになる全ての特許、実用新案などを包括して相互非独占的実施許諾をし、既存の特許侵害行為または侵害主張に対する相手側の責任を免除し、そうした「責任免除の代価」として被告がF社からUSD 500,000の支払いを受けるというものである。
(iii)使用者が継承したある職務発明について、他社とのクロスライセンス契約を締結している場合、使用者は、ライセンスの相手側が自社の職務発明を実施することができるようにする一方、ライセンスの相手側が保有する特許発明を実施することができるようになる。責任免除の利益もまた、契約当事者が自己の特許発明を相手側に実施させるようにした代価として得ることとなる利益で、自己の特許発明に対する実施料に違わないか、または、それに準ずるものと見ることができる。
(iv)被告がF社から受領したUSD 500,000は、クロスライセンス契約により第1発明および第2発明を含むリチウムイオン2次電池に関連した被告発明の実施び代価として被告がF社から支払われたもので、原告の職務発明補償金算定でも考慮されるべきと見るのが妥当であり、被告が支払いを受けたUSD 500,000に関連した原告の補償金は7,216,875ウォン(=各発明の寄与度が反映された被告の利益額144,337,500ウォン×発明者貢献度10% ×共同発明者のうち原告の寄与率50%)となる。
(2) 被告がF社の円筒形電池関連特許を実施して得た利益の部分
(i)被告が円筒形電池の生産販売に関連してF社の特許を実施することで売り上げを記録し、それによって利益を得たという事実が認められるべきであるところ、被告が円筒形電池に関連してF社の特許などを実施した点や、または、それによる売上額が12兆ウォンに達するという点を認めるに足る何らの証拠もない。契約締結日を基準としてクロスライセンス契約の対象となった被告の発明は2,000件を超え、被告が契約締結後、リチウムイオンポリマー電池に関連して国内外に出願もしくは登録した特許または実用新案は合計10,000件以上と見られる。こうした状況で、原告の主張のように被告が円筒形電池の生産・販売に関連してF社の特許などを実施していたにもかかわらず、これに関する実施料を支払わないことで利益を得ていたとしても、そのような利益が直ちに原告の第1発明および第2発明によるものであったとは断定し難い。
(ii)また、被告がF社の円筒形電池関連特許などを実施することによって利益を得て、そのうちの一部と本件各発明の間に相当因果関係が認められるとしても、包括的クロスライセンス実施の形態であった本件クロスライセンス契約で本件各発明がどの程度寄与したのかを認定する資料も全くない。
コメント
従来、韓国では職務発明補償金の算定において、クロスライセンスや特許プール(Patent Pool)に関連した実施料収入は算入できるのか、また、特許法の属地主義原則上、外国特許およびこれに関する実施料収入の算入はできるのかなどが議論されてきた。
これに関連して、本判決における特許発明と同一の発明について他の共同発明者により過去に提起された職務発明補償金請求訴訟(水原地方法院2010.11.4.言渡し2009ガ合2746判決)では、「通常実施権者を超えて特許発明および登録考案の権利者として得る利益を算定する場合において、被告の売上額、特許発明および登録考案について第三者に専用実施権を設定する際にやり取りされる実施料率、売上額に対して特許発明および登録考案が寄与した比率を考慮して推定を通じてその利益を算定する以上、クロスライセンス契約によって被告が現実的に受領した金銭を加えるものではない」として、クロスライセンス契約による使用者の利益を実施料収入として認めない旨の判示をしたことがあった。ただしこの判決に対しては、クロスライセンスのような場合であっても該当職務発明の価値により使用者などに利益が発生する一定の代価関係が存在するときがあるため、使用者の利益額から排除する必要はないという反論もなされていた。
この点に関連して本判決では、クロスライセンス契約において使用者が受領した既存の特許侵害行為または侵害主張に対する責任免除の代価は、契約当事者が自己の特許発明を相手側に実施させるようにした代価として得ることになる利益であるため、実施料と同一または実施料と準ずるものとみなして職務発明補償金算定に考慮されるものとされた。通常、クロスライセンス契約により使用者が得る利益は大きい反面、実施料は相互に免除される場合が多いことを踏まえると、クロスライセンスでの実施料の概念を拡張して解釈した本判例の趣旨は妥当な面があるものと考えられる。
一方、本判決において、クロスライセンスの相手側特許を実施することによって得られる利益の部分に対しては、使用者の利益と相手側特許の実施との関連性、相手側特許の実施による利益が職務発明によるものだったとは断定しにくい点、包括的なクロスライセンスで職務発明の寄与度を認める資料がないという理由に基づいて職務発明補償金の考慮対象から除外されている。しかし、この判示内容がクロスライセンスによる実施料として相手側特許の実施利益を認めなかったという理由からなのか、相手側特許の実施に関する利益と職務発明との関連性の立証に失敗したという理由からなのかが判然としない。
これに関連して、大法院2017.1.25.言渡し2014ダ220347判決では、「使用者が得る利益は職務発明自体によって得る利益を意味するものであり、収益・費用の精算後に残る営業利益などの会計上利益を意味するものではないため、収益・費用の精算結果と関係なしに職務発明自体による利益があるならば使用者が得る利益がある」と判示している。しかし先に述べたように、クロスライセンスの場合には相互の実施料が免除されることが多数であるため、使用者が得る利益を通常の専用実施権と同じく実施料により判断することには無理がある。本件のクロスライセンスの事例のように、既存の特許侵害または侵害主張に対する責任免除の代価は、将来、特許実施に対する実施料の免除により実際の使用者が得る利益と比較すると非常に少ない金額になりうる。このようにクロスライセンスで使用者が得る利益は、契約相手側特許の無償実施、すなわち相手側特許に対する実施料の免除に相当する部分ともいえることから、今後、こうしたクロスライセンス契約において相手側特許を実施することで得られる利益の部分が職務発明の補償金算定にどのように考慮されるのかについては、判例の蓄積を見守る必要がある。