ソウル行政法院は、PCT国際出願の韓国国内移行時に特許庁に提出された願書の発明者の説明欄に人工知能(AI)の名称のみが記載されていたことに対し、特許庁が補正を要求した後、適法な補正でないという理由で無効処分を下した事案について、現行の韓国特許法令上、発明者は「自然人」のみが該当するため、願書の発明者として「人工知能」のみ表示することは許容されないと認めることが妥当だと判示した(ソウル行政法院2023. 6. 30.言渡し2022グハップ89524判決)。
事実関係
(1)アメリカの人工知能開発者であるStephen Thaler (以下、「出願人」)は、自身が開発した人工知能である「DABUS」が人間の介入なしに独自に「発明」をしたと主張して、2019年9月17日にPCT国際特許出願(PCT/IB2019/057809)をし、これを基礎として2020年3月12日付で韓国特許庁に国内移行出願(KR 10-2020-7007394)をした。
(2)願書の提出時には「発明者の説明」欄に人工知能の名称である「ダバス(DABUS)」を記載し、「本発明は人工知能によって自主的に生成される」という説明を付記した。
(3)特許庁は、上記出願に対して方式審査を行い、特許法上の発明者は自然人のみがなることができ、自然人でない人工知能を発明者として記載することは特許法が定めた方式に違反するとして、2021年5月27日付で出願人に「発明者」欄の記載を自然人に補正するように補正要求書を発行した。しかし、出願人は「ダバス(DABUS)」を「ダブス(DABUS)」に訂正1した以外に他の補正をせず、特許庁は2022年 2月18日付で出願人に同じ内容の補正を再度要求したが、出願人はこれに応じなかった。
(4)これに対して、2022年9月28日付で特許庁は、出願書の方式違反及び適切な補正がされなかった点を理由として出願を無効にする旨の処分を下した。出願人は、特許庁の処分に対する取消しを求めてソウル行政法院に訴訟を提起した。
ソウル行政法院の判断
ソウル行政法院は、被告である特許庁の出願無効処分は適法で、原告の請求は理由がないとして棄却判決を下した。具体的に本事案の争点は、原告の主張の妥当性に関連して、①被告が発明者表示に関する方式審査をすることができないか否か、②出願書の「発明者」欄に自然人でない人工知能などを記載することができるか否か、③人工知能が創作した発明に関して特許権で保護を受けることができる代案を提示しないことが不当か否か、として、次のような判断法理を提示した。
(1)国際出願手続きは、特許法の属地主義原則により一つの発明を複数の国に出願した場合に、各国で個別に受理する不便さと煩雑さを解消するために手続きを簡素化したものに過ぎず、国際出願の国際段階で特許出願の願書が受理されたかどうかとは関係なしに国内段階における指定官庁は国内法に沿った方式審査をすべきであるという点で、被告が特許法に基づいて出願の発明者表示の部分補正を要求したことは正当である。
(2)特許法第33条第1項は「発明をした者又はその承継人は、この法律に規定するところにより、特許を受ける権利を有する。...」として、発明者が自然人であることを規定しており、特許法第42条第1項第4号、第203条第1項第4号は特許出願の願書に発明者の「氏名及び住所」を記載するように規定していることから、ここでの発明者は「氏名」と「住所」を有することが可能な自然人のみを予定している。上記出願の人工知能であるDABUSの学習過程において人間が相当な水準で介入し、本件発明もDABUSが生成した文章やグラフなどを弁理士がまとめ、特許明細書に合わせて再作成しているため、DABUSが本件発明行為を独自にしたと認められない。発明者の地位は原則的に権利能力が前提にならなければならず、民法上の権利能力は原則的に自然人又は、制限された範囲内で法人に付与されるが、人工知能は現行法令上、自然人と法人のいずれにも包接されず、有体物として物に該当する余地が高いという点で人工知能に権利能力を認めることはできない。人工知能を発明者と認定する場合に人間及び研究産業に及ぼす否定的な影響及び法的紛争時の責任所在の不分明を考慮すると、人工知能を発明者と認定することが我々の社会の技術及び産業発展の企図に究極的に寄与するものであると断定することは難しい。
(3)現在、DABUSなどの人工知能の技術的水準では人間の介入なく独自で発明することはできないと見られ、現行法令上の人工知能を活用して発明に寄与した人間を発明者として表示し特許を出願することまで禁止されるとは見られないため、人工知能を発明者として表示できないからといって問題が発生するとは認められない。さらに、原告の同一事件についての他国での特許官庁及び裁判所の判断を考慮したときも、発明者は自然人でなければならないということが特許法上における現在までの確立された法理と言え、このような法理をそのまま維持するか、又は一部変更するかは今後の技術の発展及びそれに対する社会的議論によって成立することから、現在の特許法の体系内において被告がこれに対する代案提示なしに補正を命じたからといって、これを不当だと認めることはできない。
コメント
本件は、特許法律専門家Ryan Abbott教授と人工知能の開発者Stephen Thaler氏が国際出願後に全世界の多数の国で出願を行った、いわゆる人工知能発明家プロジェクト(THE ARTIFICIAL INVENTOR PROJECT)の一環であり、韓国でも人工知能を発明者として認定することができるか否かが争われたものである。
韓国での現行の法文上、発明者は権利能力を有する自然人のみとして解釈しなければならず、自然人と同じ生物学的人格体として人工知能を認定することはできないという立場において、出願願書の発明者として「人工知能」のみを表示するのは許容されないとしたソウル行政法院の判例は妥当なものと理解される。にもかかわらず、現在の人工知能技術は急速に発展しており、いわゆる強い人工知能(Strong AI)のように人間のいかなる介入がなくとも人工知能が自ら発明行為をする技術的水準に達するのは遠くない未来といわれたりもする。したがって、法律上の制約が技術及び産業の発展を阻害することのないように制度を適宜改善していくことが必要と見られており、かつ国際的調和のために各国間での緊密な協議も必要なものと考えられる。
そうした中、本件はアメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアの最高裁判所でも人工知能を発明者とは認定しないとして最終的に確定し、イギリス及びドイツでは抗訴訴訟で不認定となった後、2023年10月の時点で最高裁に係留中である。一方、日本では2020年8月5日付で日本特許庁に国内移行出願が提出された後、2021年10月13日付で他国と同様の趣旨により出願却下処分が下された。これに対して2022年1月17日付で行政不服審査法による審査請求書が提出されて不認定とされた後、2023年3月27日付で東京地方裁判所に訴状を提出して係留中である。したがって、人工知能を発明者として認めるかについて、結果が確定していない国でも特許庁や下級審では不認定としているところ、この判断を覆すケースが生まれるかどうか成り行きが注目される。
1.韓国語で「다바스(ダバス)」を「다부스(ダブス)」に訂正した。