原告は、被告の職務に関連して自ら完成させた本件各特許発明について特許を受ける権利を被告に承継し、これにより被告が本件各特許発明を実施して原価を節減する利益に基づく独占的排他的利益を得たと主張して、被告に対し職務発明補償金の支払いを求める訴えを提起した。原審は、被告が本件各特許発明によって独占的排他的利益を得たと認めるには不十分だとして原告の請求を棄却したが、特許法院は、本件各特許発明のうち本件第2ないし5特許発明を実施することで、原価節減により被告が競争事業者に比べて市場で有利な位置を占めることになったとして独占的・排他的利益を得ていたと認められると判断した。(特許法院2023.8.31.言渡し2021ナ1664判決)
事実関係
被告は製鉄、製鋼、圧延、鋼管、鋳造、鍛造材の生産および販売事業などを目的に設立された会社で、原告は1982.1.2に被告の会社に入社して生産技術チームなどで勤務し、2011.12.31付で退職した。
本件各特許発明は原告が被告の職務に関連して完成させたもので、原告は、これに関連して特許を受ける権利を被告に継承した。
原告は、被告が本件各特許発明を実施することにより原価を削減する利益を得ており、これは被告が本件各特許発明を実施することによって得た独占的排他的利益に該当すると主張し、これに対し被告は本件各特許発明から独占的排他的利益を得たことはないと主張した。
特許法院の判断
職務発明としての特許発明による原価節減により使用者が得た利益は、事案によっては、職務発明補償金算定の基礎になる「使用者の利益」として認められる余地もありえるが、本件のように使用者である被告が職務発明を適用した製品を第三者に販売せずに職務発明を適用した製品を開発して自らが使用しただけの状況では、被告が無償の通常実施権を持つ以上「原価が節減されたという事実」自体だけをもって被告が独占的・排他的利益を享受していたと断定することはできず、このような状況で被告が職務発明により得た独占的・排他的利益とは、被告が被告と競争関係にある第三者(「競争事業者」)をして特許発明を実施できなくすることにより市場で競争事業者を排除して得た超過利潤というものであることから、「原価節減」の利益が直ちに「使用者の利益」に該当するとする原告の主張は受け入れにくい。
ただし、被告は相当の原価節減の利益を実際に得ていたと考えられ、また、競争事業者は上記各特許発明によるこのような原価節減の利益を享受することができず、被告は本件第2ないし5特許発明を実施することで競争事業者に比べて市場での有利な位置を占めることになったと考えられるため、被告が本件第2ないし5特許発明を実施するということによる一定の独占的・排他的利益を得ていたという点は否定しにくい。
コメント
職務発明補償金が認定されるための要件はいくつかあるが、本件の主な争点は「使用者の利益」が認められるか否かであって、より具体的には、職務発明である特許発明により使用者が原価節減の効果を得ていた場合に、これにより使用者が独占的・排他的利益を享受していたと認めることができるか否かであった。これについて特許法院は、「原価が節減されたという事実」自体だけをもって被告が独占的・排他的利益を享受したと断定することはできないが、原価節減により使用者が競争事業者に比べて市場で有利な位置を占めることになったと考えられるため、これにより独占的・排他的利益を得ていたと認められると判断した。
本件は、職務発明補償金に関連して従業員と使用者間に紛争が発生し、実際に使用者が当該職務発明を実施していた事例であって、こうしたケースで、職務発明の実施に伴う使用者の独占的・排他的利益があったか否かを判断するのにおいて参考になる。