韓国の釜山地方法院*は、特許権の故意の侵害行為が、懲罰的損害賠償を規定する特許法第128条第8項の施行日である2019年7月9日以前に最初に発生した後、2019年7月9日以後も続いていた事件において、2015年11月30日から2022年10月31日までの期間内の侵害行為に対して侵害者の利益を特許権者の損害額と認定するとともに、当該期間のうち2019年7月9日以後の侵害行為に対しては特許法第128条第8項による追加の損害賠償額を認めた(釜山地方法院2023.10.4. 言渡し2023ガハプ42160判決)。
*2016年1月1日から知的財産権に関する事件について「管轄集中制度」が施行されたことにより、特許権等侵害事件に対して地方法院合議部(ソウル中央、釜山、大邱、光州、大田地方法院)→特許法院(控訴審)→大法院という三審制で運営されている。
事実関係
(1)原告は台所用品製造業等を目的とする法人で、料理容器用蓋に関する本件特許発明の特許権者であり、被告は生活用品および家電製品製造業等を目的とする法人である。被告は、本件特許発明を使用した被告の真空鍋の品番「Iモデル」およびこれと同じパッキング部の形態を有する細部モデルを2015年11月30日から2022年10月31日まで販売した。
(2)被告は本件特許発明に対し無効審判を請求したが、特許審判院は2020年12月23日付で被告の請求を棄却した。被告はこれを不服として特許法院に審決取消訴訟を提起したが、特許法院は2021年7月22日付で被告の請求を棄却し、判決は2021年8月7日付で確定した。
(3)被告は2019年6月5日付で被告の真空鍋の品番「Iモデル」を確認対象発明として特定し、該当製品が本件特許発明の権利範囲に属さない旨の確認を求める消極的権利範囲確認審判を請求したが、特許審判院は2020年12月24日付で被告の審判請求を棄却した。被告はこれを不服として特許法院に審決取消訴訟を提起したが、特許法院は2021年7月22日付で被告の請求を棄却し、判決は2021年8月7日付で確定した。
(4)その後、原告は2023年4月11日付で特許権の侵害行為に基づく損害賠償請求訴訟を釜山地方法院に提起し、原告は被告の真空鍋が原告の特許を侵害したことを主張するとともに、①被告は元請業者への優越的地位により、原告が特許を受けた「真空鍋」製品であることを知りながら無断で侵害製品を生産・販売してきたという点、②原告が被告に対し侵害製品販売中断の要請をしたにもかかわらず販売を継続し、故意の程度が大きかったという点、③被告侵害製品の相当な売上額にもかかわらず原告に何の補償もしていない点などを理由として、被告が特許侵害によって得た利益額に加えて故意侵害による懲罰的損害賠償額が追加で認定されるべきであると原告は主張した。
釜山地方法院の判断
釜山地方法院は、被告が2015年11月30日~2022年10月31日にかけて被告物件を製造・販売して本件特許発明を侵害した事実を認定し、被告は原告に上記の侵害行為による損害賠償の責任を負うことが妥当であると判断した。特に、損害賠償の責任の範囲において、特許法第128条第4項により侵害した者の利益額を特許権者の損害額として推定するとともに、特許法第128条第8項による損害額(いわゆる、懲罰的損害賠償による損害額)を追加で認定し、次のとおり損害額算定の法理を提示した。
1)特許法第128条第4項(損害額推定の規定)に基づく損賠額
特許法第128条第4項に基づき、特許権者としては、侵害者が特許権侵害行為によって得た収益から特許権侵害により追加で要した費用を控除した金額、すなわち侵害者の利益額を損害額としてみなし損害賠償を請求することができ、侵害された特許権の使用と関係なく得た利益があるという特別な事情がある場合には、上記の推定と異なって認められる可能性があり、このような特別な事情には侵害者が侵害した特許権以外の特許権を使用して利益を得たという点が含まれ得るが、それに関する立証の責任は侵害者にある。
特許法第128条第4項により算出できる本件侵害行為にともなう損害額は、次のとおりである。
2)特許法第128条第8項(故意侵害に対する懲罰的損害賠償の規定)に基づく損害額
特許法第128条第8項に基づき、他人の特許権または専用実施権を侵害した行為が故意であったと認められる場合には損害と認定された金額の3倍を超えない範囲で賠償額を定めることができ、同条第9項に基づき賠償額を判断するときは、侵害行為をした者の優越的地位の有無、故意または損害発生の憂慮を認識した程度、侵害行為によって特許権者および専用実施権者が被った被害規模、侵害行為によって侵害した者が得た経済的利益、侵害行為の期間・回数等、侵害行為による罰金、侵害行為をした者の財産状態、侵害行為をした者の被害救済努力の程度を考慮すべきである。
これについて、①上記特許法第128条第8項が施行された2019年7月9日から2022年10月31日までの被告物の売上額は5,784,673,744ウォンである点、②被告は事前に原告に本件特許発明を使用するための協定書を送り、以後に被告が本件侵害行為をすると、原告が警告状を発送した点、③原告が韓国公正取引調停院に本件侵害行為に関する差止要請と補償に関する調停を申し入れ、韓国公正取引調停院から被告に対し上記の調停院に出席することを要求する公文書を発送した点、④被告の年度別売上額と2021年4月30日以降の売上額がかなり減少し、被告が中間商人の被告物件の在庫を再び買い取った点などを考慮して、特許法第128条第8項に基づく追加の損害賠償額は下記のとおり相当な額である。
コメント
韓国では2019年7月9日付で施行された改正特許法により特許法第128条第8項および第9項が新設され、「特許権の侵害行為が故意であったと認められた場合、損害と認定された金額の3倍を超えない範囲で法院が損害賠償額を定めることができる」とする懲罰的損害賠償制度が導入されている。
ただし、特許法第128条第8項に基づく懲罰的損害賠償の責任が認められる違反行為の時期に関しては、本改正特許法の付則において「第128条第8項および第9項の改正規定は本法施行後、最初に違反行為が発生した場合から適用する。」と規定されている。このため、これまでに懲罰的損害賠償の責任が認められたケースはなく、法院は2019年7月9日以前に侵害行為が発生していて、その後も侵害行為が続いてきた事案に対しては、「最初の侵害行為が2019年7月9日前に発生したため改正規定は適用されない」という趣旨で上記付則を解釈してきたと認められる。これに対する学界の反論としては、最初の侵害行為が2019年7月9日の以前に発生し2019年7月9日以後もそれが続いている場合には、少なくとも2019年7月9日以後から成立した侵害行為(すなわち、特許侵害行為を可分的な行為として判断)に対し改正規定が適用されるものとして上記付則を解釈すべきであるとの意見も出されていた。
今回の釜山地方法院の判決は、2015年11月30日から2022年10月31日までの侵害行為が認定されたところ、この期間のうち、改正法施行日である2019年7月9日から2022年10月31日までの侵害行為については別途に特許法第128条第8項に基づく追加の損害額を認めたものである。これによる追加の損害額は特許法第128条第4項により認められた損害額の1/2の金額に相当するため、結果として、懲罰的損害賠償規定の適用により2019年7月9日からの侵害行為に対する損害賠償額は1.5倍に増額されたことになる。本事件は控訴により特許法院(二審)に係属中で、未だ判決が確定してはいないが、特許権侵害に対する懲罰的損害賠償の責任を認めた最初の事例である。
一方、2024年8月21日付で施行予定の改正特許法では、悪意の技術流出を防止して被害救済の実効性をより一層確保するという趣旨により、特許法第128条第8項で規定する懲罰的損害賠償の限度をこれまでの3倍から5倍に引き上げられる。併せて、この改正特許法の付則では、「第128条第8項の改正規定は本法施行以後に発生する違反行為から適用する。」と規定しており、「最初に」の記載が削除されている。この付則の文面が変更された理由としては、上述したような「付則に対する解釈」の問題が反映された可能性も考えられる。
今後も韓国における懲罰的損害賠償の適用に関しては、今回の釜山地方法院の判決に基づき以後の判決がどのような推移していくのか、および2024年8月21日付で施行される改正特許法により特許権侵害に対する損害賠償額がどの程度認められるのかなど、今後の動向を見守っていく必要がある。