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先行発明の否定的教示などを理由に数値限定発明の進歩性を認めた事例

2022.05.10

韓国大法院は、セラミック溶接支持具に関する数値限定発明の進歩性が問題になった事案で、先行発明が特許発明の構成に関して否定的な教示を含み、特許発明の構成の長短所を共に記載しており、特許発明の方向に変形を試みさせる動機や暗示と受け入れられにくいため、事後の考察によらない限り、特許発明の進歩性が否定されないと判断した(大法院2021.12.10.言渡し2018フ11728判決)。

 

事実関係

本件特許発明はセラミック溶接支持具に関するもので、「50~70wt%のSiO2、15~35wt%のAl2O3、8~15wt%のMgO、0.5~3wt%のCaOを主成分で含み、Fe2O3、K2OおよびNa2Oからなるその他の成分が0.5~5wt%の範囲で含まれてなる組成を有し、耐火度がSK 8~12で、焼成密度が2.0~2.4g/㎤であり、吸収率が3%未満」であることを特徴とする。

先行発明1には「45~70wt%のSiO2、15~40wt%のAl2O3、5~30wt%のMgO、0.3~2wt%のCaO組成と、耐火度はSK 11~15、気孔率は20~40%であること」を構成とする溶接支持具が開示されているが、焼成密度と吸収率は開示されていない。

本件特許に対し無効審判が請求され、特許審判院は先行発明1により本件特許発明の進歩性が否定されるという理由で審判請求を認容した。特許権者はこれを不服として特許法院に審決取消訴訟を提起したが、特許法院は、先行発明1が特許発明の焼成密度と吸収率の数値範囲を明示しなかった点で差があるが、該当技術分野の他の先行技術(先行発明3など)を参照すれば上記の数値範囲は該当技術分野で当然考慮される事項を充足するために単純反復実験によって導き出されることができるもので、特許明細書に数値範囲を前後して臨界的意義が認められるほどの効果の差を確認するほどの記載や資料が提示されておらず、数値限定に伴う効果の顕著性が認められないため、本件特許発明は先行発明1によって進歩性が否定されるとし、特許審判院の審決を維持した。

これに対し、特許権者は大法院に上告した。

 

大法院の判断

大法院は次のような進歩性判断基準を説示した。

『発明の進歩性有無を判断する時には、先行技術の範囲と内容、進歩性判断の対象になった発明と先行技術の差、その発明が属する技術分野で通常の知識を有する者(以下、「通常の技術者」とする)の技術水準について証拠などの記録に現れた資料に基づいて把握した後、通常の技術者が特許出願当時の技術水準に照らし、進歩性判断の対象になった発明が先行技術と差があっても、そのような差を克服して先行技術から容易に発明できるかを詳察すべきである。この場合、進歩性判断の対象になった発明の明細書に開示されている技術を知っていることを前提として事後的に通常の技術者が容易に発明できるかを判断してはならない(大法院2009.11.12.言渡し2007フ3660判決、大法院2020.1.22.言渡し2016フ2522全員合議体判決など参照)。』

大法院は上記の進歩性判断基準を本件に適用し、次のような理由で本件特許発明の進歩性が先行発明1によって否定されないと判断し、原審判決を破棄した。

 

(1)先行発明1には特許発明の焼成密度と吸収率に関して一切記載がなく、「固形耐火材の気孔率が20%未満ではスラグ層がビードを押し上げ、余盛の不足あるいはバックビードが均等でなくなる」と記載されており、20%未満の低い気孔率に関して否定的教示を含んでいるため、通常の技術者が、先行発明1の気孔率を20%未満に下げて結果的に気孔率と比例関係にある吸収率を下げることを容易に考えることは難しい。

(2)先行発明3には、「現在、通常使われるセラミック支持材は磁気化段階までを経た支持材であって、これは吸収率が低い方であり、気孔率が低く組織が緻密で吸湿防止性ないしは防水性が良いが、代わりに気孔率が低くて断熱性が良くなく、熱膨張係数が比較的大きい方であり、使用するときに亀裂、破損が発生する場合がある」と記載されており、低い吸収率は長所がある一方、短所もあるということであるため、上記のような内容が通常の技術者に先行発明1の吸収率を下げる方向に変形を企図させる動機や暗示として受け入れられることは難しい。

(3)通常の技術者が、先行発明1において特許発明と同じ低い吸収率(気孔率と比例関係)を採択し結果的に先行発明1の比較的高い範囲の気孔率を排除することは、先行発明1の耐火度と気孔率の間の有機的結合関係を損なうものであるのみならず、それによる効果を予測できるだけの資料もない。

(4)本件特許発明の明細書記載によると、本件特許発明による実施例は本件特許発明の構成要素を満たさない比較例と比較して溶接結果が全て良好で、内部クラックおよび母材の衝撃強度にも優秀な結果を得ている。

したがって、大法院は上記のような事情を総合してみると、通常の技術者の立場で本件特許発明の内容を既に知っていることを前提として事後的に判断しない限り、先行発明1から本件特許発明を容易に導き出せると認めることは難しいので、先行発明1によって本件特許発明の進歩性は否定されないと判断した。

 

コメント

 

従来の韓国の特許実務では「数値限定発明」を講学上、特別なカテゴリーに分類して次のような厳格な進歩性判断基準を適用してきた。
『出願前に公知となった発明が有する構成要素の範囲を数値で限定した特許発明は、その課題および効果が公知となった発明の延長線上にあって数値限定の有無のみの差があるだけでその限定された数値範囲内外で顕著な効果の差が生じないのであれば、その技術分野で通常の知識を有する者が、通常かつ反復的な実験を通して適切に選択できる程度の単純な数値限定に過ぎず、進歩性は否定される(大法院2007.11.16.言渡し2007フ1299判決など)。』

すなわち、数値限定発明は、基本的に構成の困難性が認められないという前題で、先行発明と比較して効果が異質であるか、または同質である場合には数値範囲に臨界的意味がある場合に限り進歩性が認められるということである。特に臨界的意義が要求される場合にはこれを立証することが実務的にかなり難しいため、数値限定発明は進歩性が容易に否定される傾向にあった。

実際に、本件の原審判決(特許法院の判決)は、先行発明1に特許発明の数値範囲が明示されてはいないものの、その数値範囲は当該技術分野の技術を考慮する時、通常の技術者が反復実験を通じて容易に導き出すことができる程度に過ぎず、その数値範囲の臨界的意義を認めるほどの資料もないという理由で、本件特許発明の進歩性を否定した。すなわち、これは従来どおりの実務により厳格な進歩性判断基準を適用したものと見ることができるが、こうした進歩性否定の論理は数値限定発明に対する出願審査の段階で審査官がしばしば提示する進歩性拒絶理由に類似している。

これに対し、大法院は一般的な進歩性判断の法理に基づいて、先行発明1の記載内容のうち特許発明の数値範囲を導き出しにくくする否定的な教示があり、先行発明1の構成に対し変形を試みさせる動機や暗示もないので、特許発明の数値限定には構成の困難性があると判断し、特許発明の進歩性を認めた。効果に関しても、単に構成要素の充足の有無による効果の有無を調べただけで、特許発明の数値範囲に臨界的意味があるのか否かは考慮しなかった。もし仮に数値範囲の臨界的意義を要求する数値限定発明に対する既存の厳格な進歩性判断基準を適用したならば本件特許発明の進歩性は認められにくかったところ、大法院はこうした基準に従わず、一般的な進歩性判断基準を適用して特許発明の進歩性を認めたのである。

本判決に関連して、最近、韓国大法院は、いわゆる「選択発明」の進歩性判断においても一般的な進歩性判断の法理が適用されるという点を明らかにした上で、構成の困難性を確認することもなしに効果の顕著性の有無だけで進歩性を判断してはならない旨の判示を下している(大法院2021.4.8.言渡し2019フ10609判決)。

今回の大法院判決は、最近の大法院判決の流れに沿ったもので、講学上、特別なカテゴリーに分類される発明の場合であっても一般的な進歩性判断の法理が適用されるという点を改めて明確にしたものと考えられる。数値限定発明や選択発明などに分類されるという理由だけをもって厳格な進歩性判断基準を機械的に適用してきた既存の実務に対し、変化をもたらす契機になるものと期待される。

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