韓国特許法院は、in silicoを通じてCOVID-19(SARS-CoV-2感染症)に対する薬物候補群を選別する技術を開示した先行技術に基づき、その先行技術で選別された薬物候補であるラロキシフェンのCOVID-19にかかる医薬用途発明は進歩性が否定されると判断した(特許法院2022.11.23.言渡し2021ホ5174判決)。
事実関係
出願発明請求項1と先行発明の開示内容は、以下のとおりである。
特許庁の審査及び特許審判院の拒絶決定不服審判において出願発明の進歩性が否定され、出願人はこれを不服とし、審決取消訴訟を提起した。
法院の判断
(関連法理)医薬用途発明では、通常の技術者が先行発明から特定物質の特定疾病に対する治療効果を容易に予測できる程度に過ぎないのならば、その進歩性は否定され、このような場合、先行発明において臨床試験等による治療効果が確認されることまで要求されるということはできない(大法院2019.1.31.言渡し2016フ502判決)。
(事案の適用)本件出願発明の請求項1と先行発明は、有効成分がラロキシフェンであるという点で共通する。本件出願発明の請求項1は医薬用途を導き出す方法を限定していないが、その発明の明細書の記載を総合してみると「in vitro」方法でラロキシフェンの新しい医薬用途を導き出したと認められる一方、先行発明は「in silico」で導き出した点で違いがある。
しかし、下記の理由により、通常の技術者はin silicoを使用した先行発明から本件出願発明の医薬用途であるラロキシフェンのSARS-CoV-2感染症に対する治療効果を容易に予測することができる。
したがって、本件出願発明の請求項1の進歩性は否定される。
コメント
韓国特許庁のバイオ分野審査実務ガイドによると、特許出願において、特定たんぱく質と結合する候補物質、候補物質とたんぱく質の相互作用及び該当物質の結合たんぱく質に関連する特定疾患に対する治療効果を具体的な実験で確認することなしに、コンピュータモデリング等を通じてin silico方法だけで予測して物に関する発明として請求した場合には、有用性又は明細書記載要件を充足していないとみなされ、特許を受けることができないとされている。
これに対し、本件での特許法院の判断は、先行発明の記載に関するもので、先行発明がin silico方法のような明細書記載要件を充足できない方法で薬理効果を提示していても、通常の技術者が先行発明で開示された事項から本件の出願発明を容易に導き出すことができるのであれば進歩性は否定され得ることを確認した点に本件の意義がある。
昨今のコンピュータ利用技術の発達に伴い、医薬用途発明の進歩性は、本件のようなコンピュータ基盤の先行技術によっても否定される可能性がある。一方、特許明細書の記載要件としては、依然として医薬用途発明の薬理効果を具体的な実験結果で記載することが要求されている。このため、in silico方法で候補物質を導き出して医薬用途発明の特許出願をする場合には、その特許明細書にin vitro実験等の具体的な実験結果を記載することが要求されていることには留意する必要がある。