韓国の特許法院は「同一の先行発明」を根拠にしたとしても、審査段階と審判段階における拒絶理由で「構成要素の対比関係を異ならせたこと」は出願人の防御権を侵害するもので「新たな拒絶理由」であると判示した(特許法院2026.2.12.言渡し2025ホ10293)。
事実関係
出願発明は発明の名称を「視覚効果を有する多層コーティング」とするものであり、出願発明の請求項1は、①高鮮明度ゲルコート層、②視覚効果層、及び③色相層を含む多層コーティングを技術的特徴としている。
韓国知識財産処の審査官は出願発明の進歩性が先行発明1により否定されるとして拒絶決定をし、審査段階での両発明の構成要素についての主な対比関係は以下の通りであった。
・構成③:出願発明の「色相層」↔先行発明1の「白層」
原告は拒絶決定を不服として請求し、審判段階において特許審判院は審査官の結論を維持(却下)したが、対比関係を次のように変更した。
・構成③:出願発明の「色相層」↔先行発明1の「中間層」
・構成②:出願発明の「視覚効果層」 ↔先行発明1の「インク組成物層」
すなわち、本件拒絶決定と本件審決は、一見、同一の先行発明を進歩性否定の根拠としたように見えるが、当該先行発明の構成要素を本件請求項1発明のどの構成要素と比較したのかという対比関係が相互に異なっている。

特許法院の判断
特許法院は、特許審判院が出願人に新たな意見提出の機会を与えず、構成要素の対比を変更して審決したことは強行規定に違反する手続的違法があると判断して審決を取り消し、これについて、まず以下のような判断基準を示した。
「拒絶理由が出願発明の進歩性に関するものである場合、審査段階で意見提出の機会を与えた拒絶理由と主要な趣旨が合致するといえるためには、出願発明の各構成要素が公知の根拠として提示されている先行技術文献と同一であり、先行技術文献から出願発明の進歩性を判断する過程で必要となる前提事実(出願時の技術水準、技術常識、該当技術分野の基本的課題等)、判断の中心となる構成要素、判断内容(解決すべき技術的課題、解決に必要な技術手段、結合の動機・示唆等)が重要な点において一致し、拒絶理由を解消するために出願人に期待される意見書の内容や出願人が試みる補正の方向が同じであり、新たに提示された理由についても出願人に実質的に意見書の提出及び補正の機会が与えられたと認められなければならない(大法院2011.9.8.言渡し2009フ2371、特許法院 2017.8.17.言渡し2016フ7695等参照)。」
続いて、特許法院は本件について具体的に以下のように判断した。
「出願発明の進歩性を判断するにあたり、出願発明と先行発明の構成要素を比較して、これらが同一かどうかを判断し、差異がある場合に通常の技術者がその差異を容易に克服できるかどうかを判断することは、進歩性判断の中心となる重要な部分に該当する。このとき判断の中心となる構成要素の対比が審査段階と審判段階で変更されたということだけで、直ちに拒絶理由の主要な趣旨が合致しないと断定すべきではないが、そうした構成要素の対比の変更により、先行発明と出願発明との共通点及び相違点の認定と、これらの相違点を克服して出願発明を容易に発明できるかどうかの判断内容が変更され、これに対する出願人の対応論理や補正の方向性に重要な違いが生じる場合は、出願人に実質的に意見書の提出や補正の機会が与えられたとは認められないため、既に通知された拒絶理由と主要な趣旨が合致しない新たな拒絶理由に該当するといえる。」
「本件審査段階において、本件判決のように、本件請求項1の発明の『視覚効果層』が先行発明1の『インク組成物層』に対応することを前提として進歩性否定の拒絶理由が提示されていたならば、原告は、先行発明1の『インク組成物層』が視覚効果顔料を含まず単純顔料のみであることを強調する方向で対応したか、あるいは先行発明1のインク組成物層との差異を際立たせるために視覚効果顔料の粒子サイズを限定するなど補正の方向を変えようと試みた可能性がある。しかし原告は、本件判決で提示されたところの、先行発明1の「インク組成物層」と本件請求項1の発明の「視覚効果層」とが同一であり、かつ先行発明1の「中間層」と本件請求項1の発明の「色彩層」とが同一であることを前提とした進歩性否定の論理に対抗して、意見書を提出したり補正したりする機会を与えられなかった。したがって、本件審決が意見提出の機会を与えず、拒絶決定の理由と主要な趣旨が合致しないで原告の請求を棄却したことは、強行規定に違反するものである。」
さらに特許法院は、手続き上の違法性に加えて実体的進歩性についても付随的に判断し、先行発明1の「白層」はコーティング層ではなくコーティングの対象となる「物品(成形品)」自体に該当するため、これをコーティングの一部である「色相層」に変更する動機が不足しているとして、審査官が主張した進歩性否定の論理は妥当でないと判断した。
コメント
本判決は韓国の特許審査及び審判に関する実務において非常に重要な意義がある。従来の実務及び判例の立場は、先行発明と副先行発明が誤って特定された場合や、全く新たな先行技術が導入された場合において、明らかに「新たな拒絶理由」であると判断してきた(大法院2013.9.6.言渡し2013フ1054、大法院 2019.10.31.言渡し2015フ2341参照)。その一方で、既に通知された先行発明を補足するために単に周知慣用技術を追加する場合や、拒絶理由を補足する程度であれば、「新たな拒絶理由」とは認めないと判断したケースも多くあった(大法院2008.4.24.言渡し2006フ329、大法院2026.1.29.言渡し2022フ11190参照)。こうした中、本判決は『先行文献』が同一であるとしても『対比される構成』が変更される場合を「新たな拒絶理由」と認めるとした点で従来とは差別化された意義があるといえる。
より具体的には本判決は、同一の先行発明を根拠として進歩性否定の拒絶理由を提示した場合であっても、本願発明と先行発明の構成要素の対比関係を変更して提示したことにより、出願人の対応論理や補正の方向性に重要な差異が生じる場合には「新たな拒絶理由」になると判断している。加えて本判決は、審決の結論を正当化する実体的事由があるとしても、それを根拠として、意見提出機会の付与に関する強行規定に違反した審決における手続的欠陥を正当化することはできない点も明らかにしている。
本件のような事例以外でも、審判段階において審判官が同一文献内の別の文章を引用して進歩性否定の論理を「補強」するケースはしばしばあるが、こうしたケースがあることを考慮して出願人の立場では、審判段階で先行文献の対比構成が巧妙に変更されてはいないかを慎重に吟味し、もしそうした対比構成の変更に気づいた場合には、その手続き上の違法性を積極的に主張することも必要であるといえる。本判決は、特許審査及び審判段階における拒絶理由通知をしっかりと検討したうえで、進歩性の判断時には各構成要素の有機的結合をひとまとまりとして厳格に対比すべきであるという進歩性判断の実務の原則に立ち返らせてくれる。




