Skip Navigation
Menu
ニュースレター

選択発明の進歩性判断基準を変更した韓国の大法院判決

2021.08.10

最近、韓国の大法院は、選択発明が先行発明の重複発明に該当するという観点から、その構成の困難性を考慮せずに効果の顕著性のみにより判断した従来の厳格な進歩性判断基準に対して、選択発明の場合であっても構成の困難性と効果の顕著性を共に考慮する一般的な進歩性判断の法理が同じように適用されるべきであるとして、その判断基準を変更した(大法院2021.4.8.言渡し2019フ10609判決)。

 

事件の概要と争点

被告は原告(特許権者)を相手として「因子Ⅹa(テンエー)抑制剤としてのラクタム含有化合物およびその誘導体」という名称の本件特許発明の進歩性が否定されると主張しながら、特許審判院に登録無効審判を請求した。特許審判院は、本件特許発明は先行発明により進歩性が否定される旨の審決をし、原告はこれを不服として特許法院に審決取消訴訟(原審)を提起した。

原審は、本件特許発明が、明細書に記載された効果を中心として特許要件を判断すべき場合以外の「例外的なケース」には該当しないとした上で、従来の選択発明について確立された厳格な進歩性判断基準を適用して、本件特許発明の進歩性を否定した。これに対し、本件特許発明に基づく特許権侵害差止仮処分における第1審の決定においては、構成の困難性を認めて進歩性を認定している。

本件は原審の上告審であり、大法院は、特許発明の一般的な進歩性判断基準は選択発明の進歩性を判断する時にも同じように適用されるべきであるという点を明確にした上で、本件特許発明の進歩性を否定した原審判決を破棄差戻しにした。

本件の争点は特許発明の進歩性が否定されるかどうかであって、具体的には、選択発明の場合にも構成の困難性を確認するべきかという点と、発明の効果として認定されるための明細書の記載の程度およびその立証方法に関するものであった。

 

選択発明に対する従来の進歩性判断基準

選択発明とは、先行または公知の発明に上位概念として記載されており、その上位概念に含まれる下位概念のみの構成要素のうち全部または一部を選択する発明と定義される(大法院2017.5.11.言渡し2014フ1631判決など)。

選択発明は、形式的には先行発明と重複した発明として特許を受けることができないものであっても、①先行発明に選択発明を構成する下位概念が具体的に開示されておらず(新規性)、②選択発明に含まれる下位概念のすべてが先行発明が有する効果と質的に異なる効果を持っているか、または質的な差がなくても量的に顕著な差がある場合には特許を受けることができるとし(進歩性)、③このとき、選択発明の明細書中の発明の説明には先行発明に比べて上記のような効果があることを明確に記載すべきで、上記のような効果が明確に記載されていると言えるためには発明の説明に質的な差を確認できる具体的な内容や、量的に顕著な差があることを確認できる定量的な記載がなければならない(明細書記載要件)(大法院2009.10.15.言渡し2008フ736,743判決)とされる。このような特許性判断の法理に基づき、選択発明の進歩性判断時には、構成の困難性を考慮せずに効果の顕著性のみを考慮し、この場合において明細書に具体的に記載していない発明の効果は考慮しないなど、一般発明とは異なる厳格な進歩性判断基準が適用される。

これまで、こうした判断基準に基づき、選択発明に分類された多くの特許発明の進歩性が否定され、後発実施者(ジェネリックメーカー)も特許を無効にするための手段として選択発明の進歩性判断法理を利用してきた。 

 

原審の判断

先行発明は、窒素含有ヘテロビサイクリックの広範囲なマーカッシュタイプの化合物に関する請求項である一方、特許発明はラクタム含有の化合物であるアピキサバンに関する発明で、これはエリキュース®という製品名で市販されている医薬品に関するものである。先行発明と特許発明は下記のような化学式を有している。

 

 

原審において特許法院は、本件特許発明が選択発明に該当するとした上で、選択発明の進歩性判断時には従来の厳格な進歩性判断要件は一律にすべての選択発明に適用されることはなく、一般的な進歩性判断基準が適用される例外もあるものと判示し、その例として、「先行発明において特許発明を排除する否定的教示または示唆がある場合や、特許出願当時の技術水準に照らし上位概念の先行発明を把握することができる先行文献に先行発明の上位概念として一般化し当該特許発明の下位概念まで拡張できる内容が開示されていない場合など」を挙げながらも、本件特許発明はこうした例外的なケースには該当しないと判断した。

これにより、原審は選択発明で確立された従来の厳格な進歩性判断基準を適用して、「本件特許発明が先行発明に比べて異質効果や量的に顕著な効果を有しているという点が明細書に記載されていないため本件特許発明がそのような効果を有しているとは見るのは困難である」としながら、本件特許発明の進歩性を否定した。

具体的に原審は、発明の効果と関連して、『①薬動学的特性を改善した異質的な効果については、該当効果が特許明細書の記載のうち「有用性」の項目ではなく「背景技術」の項目に示されているなど一般的・抽象的に記載されており、アピキサバンのみの異質効果と認めることができる記載として見ることはできず、②併用投与の異質効果については、明細書の漠然とした使用の可能性に対する記載のみでアピキサバンの効果として認識されず、③因子Ⅹa抑制剤としての優秀な効果については、特許明細書には個別の化合物のKi値を確認できる記載がまったくなく、先行発明に比べて量的に顕著な差があることを確認できる定量的記載があると見ることも難しい。』として、明細書の記載を中心に特許発明の効果が認められないと判断した。原告は、この原審判決を不服として大法院に上告した。

 

大法院の判断

大法院は、まず、特許発明の一般的な進歩性判断基準 は選択発明の進歩性を判断する時にも同じように適用されるべきである点を明確にした。これにより、大法院は選択発明の場合であっても構成の困難性が認められれば進歩性が否定されないとして、構成の困難性を判断する新しい基準を提示した。

1.「発明の進歩性の有無を判断する時には、先行技術の範囲と内容、進歩性判断の対象になった発明と先行技術の差、その発明が属する技術分野で通常の知識を有する人の技術水準について証拠などの記録に示された資料に基づいて把握した後、通常の技術者が特許出願当時の技術水準に照らして進歩性判断の対象になった発明が先行技術と差があるにもかかわらず、そのような差を克服して先行技術から容易に発明できるかをよく見るべきである(大法院2016.11.25.言渡し2014フ2184判決など参照)。特許発明の請求範囲に記載された請求項が複数の構成要素の場合には各構成要素が有機的に結合した全体としての技術思想が進歩性判断の対象になるのであり、各構成要素が独立して進歩性判断の対象になるのではないため、その特許発明の進歩性を判断する時には請求項に記載された複数の構成を分解した後、各々分解された個別の構成要素が公知のものであるのかどうかのみを確認してはならず、特有の課題解決原理に基づいて有機的に結合された全体としての構成の困難性を確認するべきで、この時結合された全体構成としての発明が持つ特有な効果も共に考慮するべきである(大法院2007.9.6.言渡し2005フ3284判決など参照)。」

 

続いて、いわゆるマーカッシュ(Markush)形式で記載された選択発明の構成の困難性について考慮すべき事項として、①先行発明にマーカッシュ形式などで記載された化学式とその置換基の範囲内に理論上含まれ得る化合物の個数、②通常の技術者が先行発明にマーカッシュ形式などで記載された化合物のうち特定の化合物や特定置換基を優先的にまたは容易に選択する事情や動機または暗示の有無、③先行発明に具体的に記載された化合物と特許発明の構造的類似性などを総合的に考慮するべきであると判示するとともに、④「発明が持つ特有な効果」も共に考慮するべきであるとして、これは「選択の動機がなく構成が困難な場合であるのか、それとも、それが何の技術的意義もない任意の選択に過ぎない場合であるのかを区別する重要な表示となり得る」と判示をした。 

さらに、大法院は構成の困難性があるか否かの判断が不明な場合であっても、特許発明が異質的または量的に顕著な効果を有しているのであれば進歩性は否定されないとしながら、「効果の顕著性は特許発明の明細書に記載され通常の技術者が認識または推論できる効果を中心に判断すべきで(大法院2002.8.23.言渡し2000フ3234判決など参照)、万一、その効果が疑わしい時にはその記載内容を超えない範囲内で、出願日以降に追加で実験資料を提出するなどの方法でその効果を具体的に主張・証明することが許容される(大法院2003.4.25.言渡し2001フ2740判決参照)」という以前の法理を借用した。これは効果の判断においても異質的または同質的効果の区分なく厳格な明細書記載を要求せずに、立証のために追加の資料を提出することができるなど、より緩和された判断基準を選択したものと見られる。

大法院は上記のような判断基準により、本件特許発明は通常の技術者が事後的に判断しない限り先行発明からその構成を導き出すことが容易だとは認めることができず、改善された効果もあるため先行発明によって進歩性が否定されないとしたところ、判断の具体的な内容は下記のとおりであった。

 

本件の具体的な判断 

 

  1. 先行発明は因子Ⅹa抑制剤として有用な新しい質素含有ヘテロビサイクリック化合物などを提供することを目的とする発明で、本件特許発明はラクタム環を有する化合物が因子Ⅹa抑制剤として有用で優れた薬動学的性質を有するということを明らかにしたという点に発明の特徴がある。
     
  2. 先行発明に一般式で記載された化合物から特許発明に至るためには、先行発明に優先順位なしに羅列された66個の母核のうち第1母核を選択した後、再び前記母核構造の全ての置換基(A,B,G,Z,s)を特定の方式で同時に選択して組み合わせなければならない。特に特許発明の効果を示す核心的な置換基として認められるラクタム環は先行発明には具体的に開示されていない。先行発明の「より望ましい実施態様」と記載された34個の母核構造において置換基Bとして可能な数多くの構造のうちラクタム環を優先的に考慮すべき事情もない。先行発明の「よりより一層望ましい実施態様」と記載された計107個の具体的化合物を詳察してみても特許発明と全体的に類似の構造を有しているか、または置換基Bとしてラクタム環を持つ化合物を見つけることはできない。
     
  3. 特許発明の明細書記載および出願日以降に提出された実験資料などによれば、特許発明は公知となった因子Ⅹa抑制剤に比べて改善されたⅩa抑制活性および選択性を有し、薬品の生体内での吸収、分布、備蓄、代謝、排泄に関する薬動学的効果を改善し、他の薬品と同時に投与することができる併用投与効果を改善した発明であるということがわかる。

 

 

コメント

本判決に基づいて選択発明の進歩性判断法理およびその方法を整理すると、下記のとおりである。 

 

 

 

本判決は、いわゆる選択発明の場合であっても構成の困難性が判断されるべきであり、効果の判断にも厳格な明細書の記載を要求しないなど、一般発明と同じ進歩性判断基準が適用されるという点を明確に判示し、化合物の選択発明において構成の困難性を判断するための新しい基準を提示したという点で相当の意味があると言える。

その一方で、本判決は全員合議体により言い渡されたものではないことから、これは従来の選択発明に関する大法院判例を変更したものではなく、単に構成の困難性を進歩性判断基準として追加するという意味だと見ることもできる。加えて、大法院は従来の大法院2009.10.15.言渡し2008フ736,743判決などを破棄せずに、これらを構成の困難性が認められにくい事案の場合に適用されるものであるとしており、このことから構成の困難性が認められにくい事案の場合には、明細書に質的な効果の差を確認できる具体的内容の記載と、量的に顕著な効果の差を確認できる定量的な記載などを要求してきた従来の厳格な効果の判断基準が依然として有効であるかどうかは不明との意見も提示されている。

さらに、選択発明は、製薬分野のみに限らず、化学、素材、金属といった他の分野にも見られ、これらの中には化合物発明(上位概念のマーカッシュ形態の化学式と下位概念の具体化合物)、数値限定発明、パラメータ発明、医薬発明(結晶型、微粒子、医薬用途など)等が含まれる。今後、本判決の影響によって、選択発明の構成の困難性に対する主張や、その発明の効果が明細書の記載範囲内であるかどうかの判断、追加実験資料の認容の可否などについて相当の実務変化が予想されており、選択発明の範疇に該当するこれらの進歩性判断において大きな影響が及ぶものと思われる。 

なお最後に、本件は大法院の段階から弊所が代理人となった事件であって、その中で、選択発明の進歩性判断基準に構成の困難性を追加するための多様な主張を行った。その結果、今回の判決では新しい基準が提示されて構成の困難性を認めた韓国初の事例となったことは幸いであり、実務的にもこの判決の意味は大きいと言えよう。

 

共有する

cLose

関連メンバー

CLose

関連メンバー

Close