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大法院、出願発明と先行発明における数値範囲の 技術的意義の差と先行発明の否定的教示を考慮して、数値限定発明の進歩性を認定

2023.02.16

大法院は、出願発明と先行発明の相違点が数値範囲の差にある事案において、先行発明の全体的な記載を通じて通常の技術者が合理的に認識できる事項に基づいて比較・判断するとき、先行発明の数値範囲を出願発明の数値範囲に変更することは先行発明の技術的意義を喪失させるものであるため通常の技術者が容易に考え出しにくく、また、先行発明において出願発明の数値範囲に対する否定的教示をしていることから、事後の考察をせずには先行発明の数値範囲を出願発明の数値範囲に変更することは困難であると判断した(大法院2022.1.13.言渡し2019フ12094判決)。

 

事実関係

 

出願発明の請求項1および先行発明の差異点を整理すると、下記のとおりである。

  

 

特許庁の審査および特許審判院の拒絶決定不服審判では、出願発明の数値範囲は臨界的意義を認めるほどの理由や実施例の記載がなく単純反復実験を通して先行発明から設計変更できる程度に過ぎないという理由で進歩性が否定された。出願人はこれを不服として審決取消訴訟を提起したが、特許法院でも進歩性が否定されたため、大法院に上告した。

 

大法院の判断

 

1. 発明の進歩性を判断するときには、先行技術の範囲と内容、進歩性判断の対象になった発明と先行技術の差、その発明が属する技術分野において通常の知識を有する者(以下「通常の技術者」とする)の技術水準について、証拠などの記録に示された資料に基づいて把握した後、通常の技術者が特許出願当時の技術水準に照らして、進歩性判断の対象になった発明が先行技術と差があるにもかかわらずその差を克服して先行技術から容易に発明できるのかを詳察しなければならない。この場合、進歩性判断の対象になった発明の明細書に開示されている技術を知っていることを前提として、事後的に通常の技術者が容易に発明できるのかを判断してはならない(大法院2009.11.12.言渡し2007フ3660判決、大法院2018.12.13.言渡し2016フ1840判決など参照)。
提示された先行文献を根拠にして特定の発明の進歩性が否定されるかを判断するためには、進歩性否定の根拠になり得る一部記載だけでなく、その先行文献全体により通常の技術者が合理的に認識できる事項に基づいて比較・判断しなければならない(大法院2016.1.14.言渡し2013フ2873,2880判決参照)。

 

2. 上記法理と原審において適法に採択された証拠とに照らして詳察する。

1)本件請求項1の発明は、鉄合金シートの表面上に存在する酸化物を化学的結合によって除去するために、鉄合金シートを溶融酸化物浴に浸漬する段階を含むことを特徴とする鉄合金シートの表面処理方法に関する発明である。本件請求項1の発明は、溶融酸化物浴の粘度を0.003~3ポアズ、溶融酸化物浴の表面は非酸化雰囲気と接触するもので、溶融酸化物浴の組成中Li2Oの含有量を10%w≦Li2O≦45%wで限定している。

 

2)先行発明は「鋼帯の焼鈍法」に関する発明で、100ポアズを超過しない粘度を有する950℃以上の溶融塩浴に鋼帯を浸漬させることによって鋼帯を焼鈍し、鋼帯を浴外に取り出すことによって鋼帯上に塩の凝固皮膜を形成し、冷却によって凝固皮膜を破壊して鋼帯表面から剥離することを特徴とする。先行発明は、溶融塩浴の粘度範囲、溶融塩浴の表面の接触雰囲気、溶融塩浴の組成中Li2Oの含有量において本件請求項1の発明と差がある。

 

3)先行発明には溶融塩浴の望ましい粘度が「100ポアズ以下」と記載されており、粘度の下限が記載されていないことから、当該記載部分のみを見るときには先行発明の粘度範囲に本件請求項1の発明の粘度の範囲が含まれるように見えるということもできる。
しかし先行発明は溶融塩浴に浸漬させた鋼帯表面に凝固皮膜を形成させることができる程度の付着性がある粘度の範囲を前提とする発明であるため、通常の技術者は先行発明の全体的な記載を通じて凝固皮膜を形成させることができる最小限の粘度が粘度の範囲の下限になるだろうという点を合理的に認識することができる。一方、粘度が100ポアズに比べて過度に低く本件請求項1の発明における「0.003ポアズ~3ポアズ」の範囲になるとすれば、鋼帯を塩浴に浸漬させた後に取り出したとしても、溶融塩が鋼帯表面に付着せずいくらかの液滴のみが鋼帯の表面に残留するのみで凝固皮膜が形成されることはない。従って、先行発明の粘度を凝固皮膜が形成されることができない程度となる「0.003ポアズ~3ポアズ」の範囲まで低くする方式に変形することは先行発明の技術的意義を喪失させるものであるため、通常の技術者は容易に考え出しにくいと言うことができる。

 

4)また、先行発明には「Li2Oは凝固皮膜の熱膨張係数を高めずに浴の溶融温度を低くする目的で6.0%まで添加することができる。6.0%を超過するLi2Oの添加は、凝固皮膜と鋼帯表面の密着性が過度に良好で、凝固皮膜の剥離性が悪くなるため避けなければならない。」と記載されている。これは溶融塩浴の組成に関連して6.0%wを超過するLi2Oの添加に対する否定的教示と見ることができるので、本件請求項1の発明をすでに知っている状態で事後的に考察しない限り、通常の技術者が当該否定的教示を無視して先行発明のLi2Oの組成比率を10%w≦Li2O≦45%wに変更することは困難である。

 

5)したがって、通常の技術者が先行発明から本件請求項1の発明を容易に発明することができると判断することはできないため、本件請求項1の発明は先行発明によって進歩性が否定されない。

 

3. 以上のような状況にもかかわらず、原審はこれとは異なり先行発明によって本件請求項1の発明の進歩性が否定されると判断した。この原審判断には上告理由の主張のとおり、発明の進歩性判断に関する法理を誤解して判決に影響を及ぼした誤りがある。

 

コメント

 

本事案の数値限定発明の進歩性判断において、特許法院(以下、「下級審」とする)と大法院の判断が異なった主な理由は、下級審の判断では先行発明の記載内容のうち出願発明の進歩性を否定する根拠となる一部の記載に重点を置いていた反面、大法院は先行発明の全体的な記載を通じて通常の技術者が合理的に認識できる技術的思想が何であるかを把握した後、それに基づいて出願発明を容易に導き出すことができるか否かを判断した点にあったものと考えられる。

 

これに関連して出願発明と先行発明はシートを浸漬する浴の粘度に差があったが、下級審では、出願発明の明細書にはシート表面の酸化物がガス送風により除去される手段が記載されており、先行発明にも冷風を噴射して凝固皮膜を剥離することが記載されていて、出願発明と先行発明はいずれも浴の粘度を低減させシート表面の酸化物の付着量を少なくしようとする点において差がないと判断していた。これに対し大法院は、先行発明における浴の粘度は表面に凝固皮膜を形成させることができる程度の付着性がある粘度の範囲を前提とするものであるため、通常の技術者は先行発明の全体的な記載を通じて凝固皮膜を形成させることができる最小限の粘度が粘度の範囲の下限になるであろうという点を認識すると判断し、これにより先行発明の粘度を凝固皮膜を形成することができない程度である出願発明の粘度に変形することは先行発明の技術的意義を喪失させるものであると結論付けた。

 

一方、浴中のLi2Oの含有量の差に関しては、下級審では先行発明の「6.0%wを超過するLi2Oの添加は凝固皮膜の剥離性が悪くなるため避けなければならない」という記載において「剥離性」は別の性質である浴の「粘度」の低減に対する否定的教示として見ることは困難であると判断していた。これに対し大法院では、上記先行発明の記載は6.0%wを超過するLi2Oの添加に対して否定的教示をしているため、事後の考察をせずに先行発明の数値範囲を出願発明の数値範囲に変更することは困難であると判断した。

 

大法院の判断は、数値限定発明に対する進歩性判断の際に、先行発明の全体的な記載を通じて通常の技術者が先行発明から認識する技術的思想が何であるかを正確に抽出、把握して出願発明と比較することが重要なのであって、事後の考察を通じて発明の進歩性を否定してはならないということを確認した点で意味がある。本判決を踏まえると、仮に審査官が、出願発明の数値範囲に臨界的意義を認めるほどの理由や実施例の記載がなく単純反復実験を通じて先行発明から設計変更できる程度にすぎない旨の拒絶理由を発行した場合には、出願人は臨界的意義を主張することに終始せずに、先行発明の全体的な記載を通した技術的思想に基づいて、先行発明の数値範囲からは出願発明の数値範囲に変更することは困難である旨を主張する対応も検討することが有効だといえよう。

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